いなむことのできぬ希望
おはようございます。こんにちは。こんばんは。
杉本涼真です。初めましての方は初めまして、以前お会いした方はお久しぶりです。
本日はクリスマスですね。イエス=キリストの降誕祭、聖なる日、そして子どもたちが望みのプレゼントを贈り届けられる日。私も少しだけ心が浮き立っています。実家の弟は何を贈ってもらったのでしょう。どんな顔をしているのでしょう。今の私にはその姿を直接見ることはできませんが、欲しかったものを前にして喜んでいるはずです。きっとそうです。今は、そんな予感だけでも十分に満たされます。
そんなクリスマスにも、劇団笛は活動をしました。本日は道具作業です。ねじを打ち、針金を巻き、とんかちを振り下ろす。作業場には風の音と機械の駆動音とが鳴り響いていました。聖夜の合奏にしては頓珍漢ではありましたが、それでもなんだか心地よく感じたのはきっと気のせいではないはずです。果たして、本日、すべての大道具が完成しました。舞台を飾る仕掛け、役者の動きを活かす立役者、それがようやく完成したと思うと、何だか嬉しくなってしまいました。胸をなでおろすような、ほっと一息吐けたような、何か基盤を見つけることができて安心できたような、そんな感覚がしたからでしょうか。とにかくも、大道具の完成に気分が高揚したことは間違いがないでしょう。
もちろん、私だけがこの高揚感を密かにかみしめていたわけでは決してありません。その場にいた団員と一緒に、この喜びを分かちあっていました。橙色の明かりが立ち込めているような、そんな温かで柔らかい幸福な雰囲気。そんな空気を感じて、笑いながらも、少しだけしんみりとした思いが心に差し込んでいたというのはここだけのお話。今日は何だかよく眠れそうだ、そう思える活動日でした。
今年ももうじき終わります。劇団笛の活動日も、今日を除けばあと一日。明日が最後の活動日です。思い返すことはいくらでもあります。嬉しかった思い出も、温かな言葉も、くだらない雑談も引き出しには収めてあります。同時に、哀しかった思い出も、心を刺し貫いた言葉も、なすすべのない秘密事も、隣の引き出しには収めてあります。ひとつひとつ覚えています。忘れることはありません。忘れたふりをしても忘れられない、心が忘れようとしても身体が覚えている、そんな言葉の群れが今年もたくさん増えました。引き出しを開け、言葉の一つ一つを拾い上げては一喜一憂する。そんな毎日の習慣の一区切りが、今年もやってきます。
涙があるだろう
今年も
涙ながらの歌があるだろう
固めたこぶしがあるだろう
大笑いがあるだろう今年も
あくびをするだろう
今年も
短い旅に出るだろう
そして帰ってくるだろう
農夫は野に
数学者は書斎に
眠れぬ夜があるだろう
だが愛するだろう
今年も
自分より小さなものを
自分を超えて大きなものを
くだらぬことに喜ぶだろう
今年も
ささやかな幸せがあり
それは大きな不幸を
忘れさせることはできぬだろう
けれど娘は背が伸びるだろう
そして樹も
御飯のおいしい日があるだろう
新しい靴を一足買うだろう
決心はにぶるだろう今年も
しかし去年とちがうだろうほんの少し
今年は
地平は遠く果てないだろう
宇宙へと大きなロケットはのぼり
子等は駆けてゆくだろう
今年も歓びがあるだろう
生きてゆくかぎり
いなむことのできぬ希望が
谷川俊太郎『今年』
敬愛する谷川俊太郎さんの『今年』という詩。この詩はきっと新年を言祝ぐ詩であると思われます。それでも私はここでこの詩を、過去形の詩として、つまり一年の振り返りの詩として紹介したいのです。今年一年の記憶を、笑いも涙も怒りも、呆然とした思いさえもそのままに感じ、大小さまざまな出来事も等しく見つめていく。去年とあまり変らなかったように見えて、ほんの少しは異なっているその記憶たちは、実感の薄れてしまった何某かの情報というよりは、未だに想いのこもった生々しい思い出として、目の前を流れています。今年の記憶、それが織り成す旅路の地平は、見遥かしつくせないほどに広大です。広大ゆえにその記憶は、わたしにとって心地よいものばかりではありません。わたしを苛むもの、わたしが苛んだもの、わたしを憎むもの、わたしが憎むもの……。溢れんばかりの記憶が、よくもわるくも忘れられない記憶が、そこには佇んでいます。その広大な地平のただなかで、それでもわたしは「歓び」を感じるのです。「いなむことのできぬ希望」。この記憶の地平にはそれがあるのだと、強く肯定をするのです。
今年の記憶を、それを構成する言葉の一つ一つを拾い上げている私に宿るこの大きな感情は、きっと「いなむことのできぬ希望」なのだと思います。私が辿ってきた今年そのものを、まるっと肯定する。単なる諦めでも、見ないふりでも、無知でも、大雑把な取りまとめでもない。精細に今年を見つめたうえでの、今年の肯定。今年を振り返り、私はその旅路にYESと言おうとしているのだと思います。
自分事ながら、大それたことをしていますね。
それでも、私はこの「希望」を守りたいのです。
しめやかなお話になってしまいました。私の当番回はこれが今年最後だということで、どうかご寛恕いただきたいものです。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
それでは、また来年もお会いしましょう。
どうか、よいお年をお迎えください。
担当の杉本でした。
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【劇団笛 令和3年度 冬公演】
『マリオネットに花束を』
脚本:藤井唯 演出:橋ヶ谷良太
日時:令和4年1月16日(日)
13:00開演・17:00開演
(30分前から入場可能)
料金:一般800円 学生 500円
(高校生以下無料)
場所:C.S.赤れんが ホールⅡ
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