泡沫の夢

おはようございます。こんにちは。こんばんは。

四年の杉本涼真です。初めましての方は初めまして、以前お会いした方はお久しぶりです。

肌を撫でる風の仄かな湿り気に夏の兆しを覚える今日この頃、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。私たちは元気に演劇をしています。

本日、いよいよ公演まで二週間を切りました。稽古場の空気は季節に反して、やや張りを増したように思います。他愛もない雑談と真剣な場面練習が演出の拍手によって切り替わる瞬間に、まさに演劇の醍醐味を直截に味わっているような、得も言われぬ喜びを覚えてしまうのは演劇に携わる者ならではの感覚かもしれません。緩みと締まりが交わるあの冴えた音が心地よいのです。私たちは、公演に向けて着々と歩みを進めています。

公演に向けた歩みは同時に、私の大学時代における演劇活動の終わりへの歩みでもあります。私は6月10日を最後に舞台から降ります。最後の舞台、と書くと甚く仰々しくも思えるのですが、その言葉が事実にほかならないということには少なからぬ衝撃を覚えます。事実というのはいつも淡白で、あまりに自明で、幻想の飾り布を躊躇いもなく引き破ってしまうように思います。だからこそ、終わりとしてはふさわしいのかもしれません。

四年間の演劇活動。それはシャボン玉の生涯のような瞬きの時間でした。小さな庭の片隅で、演劇への想いが薄い薄い膜の内側にぼんやりと吹き込まれ、ゆらゆらと、ふらふらと、吹き口を離れて、浮かび上がってしまった。演劇を始めようと思ったときの記憶なんて、そんな稀薄で朧げなものでした。シャボン玉は周囲の景色を逆しまに映し込まれていって、映し込まれた景色が鈍い虹色に波打ちながら内側に溶けていきました。風に煽られて、輪郭が弛むこともありました。隣で一緒に浮かんでいたシャボン玉が壊れて消えました。満足そうな表情で、小さな泡粒となって空に吸い込まれていきました。庭の様子も随分と変わりました。大小さまざまなシャボン玉が踊りながら、万華鏡の影のように庭を回っていました。泡の影の舞踏でしかない光景は、それでも僕の目を奪った。どうにかこうにか、屋根まで浮かび続けたシャボン玉には、砂糖水でも混ざっていたのでしょうか。どこか強かな顔で、浮かび続けていました。新しく吹き上るシャボン玉たちを見つめながら、夢幻のような世界を見つめながら、その光景を愛おしく思います。浮かび続けなければ見えなかった光景。浮かび続けたからこそ見えた光景。浮かび続けたからこそ見てしまった光景。浮かび続けることが正しいのか。過ぎる不安に震えてしまう。それでも、薄い膜の内側には映し込まれた景色とあの日の想いが充満していて、目の前の夢の光景が何度も反射していて、シャボン玉が放たれれば、その想いも光景も簡単に世界と混ざり合ってしまうことが分かっていました。それだけはどうしても惜しかった。シャボン玉の内側にあるすべては僕のものだ。だから、浮かび続けてきました。薄い薄い膜を何度も縫い繋いできました。ですが、それももうすぐ終わりです。



生活のどこかに好きな瞬間があるなら、

そのことがきみの本当の遺言だ。

家族や恋人や友達といった存在はたしかにすばらしいけれど、

それを差し置いて、きみが大切にしているシャンプーボトルや、

空から見える大きすぎるイチョウの木が、

死んでしまったきみの魂をつつんで、

それから貝のように硬くとじる。

永遠が始まる。

きみがまばたきのように、毎日一瞬だけ愛したものと共に。

(最果タヒ「真珠の詩」『愛の縫い目はここ』リトルモア、2017年、p. 17)



劇団笛という場所が、そこで活動する後輩たちの姿が、ぼくの演劇活動の遺言となる予定です。膜が破れて中身が弾け拡がっても、どうにかこらえて凝結しましょう。そうして紡がれた遺言で布を織り、それを包みましょう。そして、中身が零れてしまわないように固く結びましょう。刹那のひと時を永遠に変えましょう。貝をいつかまた開いたとき、瞬きの目尻の端に煌めく玉と同じ輝きの真珠ができあがっているように、守りましょう。

しかし、真珠もいずれはひび割れて、歪んでいきます。永遠なんてないのでしょう。愚かな時間稼ぎに過ぎないのでしょう。それでもいいのです。シャボン玉の影が織り成す舞台、その一瞬のためにこの四年を楽しんだのですから、いいのです。胸を張って、僕はそういえる。


湿っぽくなってしまいました。梅雨が間近に迫っているせいでしょう。稽古場の張りを思い出して、もう少し浮かび上がってみようと思います。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

またお会いしましょう。



人生とは歩き廻る影法師、愚かなる役者

舞台の上では大見得を切っても

袖に入ればそれまでだ

Life’s but a walking shadow, a poor player

That struts and frets his hour upon the stage

And then is heard no more.

(Shakespeare, Macbeth, Ⅴ, ⅴ)



……That’s why we must go on!

山口大学演劇サークル劇団笛公式ホームページ

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